大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2392号 判決

控訴人 原審弁護人 富山薫

被告人 宮川福蔵 外一名

弁護人 富山薫

検察官 大平要

主文

原判決を破棄する。

本件を下妻簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人富山薫作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。

論旨第一点及び第三点について。

原判決がその理由において、所論摘録のような事実を認定判示し、その証拠として、被告人等に対する検察官及び司法警察員の各供述調書、北島さだ、山崎伊一郎、古谷源一郎、浜野たき、大根逸郎、関根金市、大野森右衛門、吉田弥一郎等に対する検察官の各供述調書、被告人等の原審公廷における各供述、証人戸塚喜之助、同大野森右衛門、同吉田弥一郎、同香山仁二等の原審公廷における各供述等を挙示していること、及び右証拠のうち、北島さだ、浜野たき、大根逸郎の検察官に対する各供述調書は、いずれもその供述者が公判期日において証人として供述した後に作成されたものであることは、所論のとおりである。しかして、原審第八回公判調書の記載に徴するときは、右三通の各供述調書は、いずれも検察官において、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の書面としてこれが取調を請求したところ、原裁判所においても、同条第一項第二号の場合にあたるものとしてこれを許容し、証拠調が行われたものであることが認められるのであるが、しかし、右三通の供述調書は、いずれも前示のとおり、その各供述者が既に公判期日において証人として供述した後に作成されたものであつて、同条第一項第二号所定のいずれの場合にも該当しないものであることが明らかであるから、同条による証拠能力を有しないものというべく、従つて、原審においては、これにつき同条第一項第二号の書面として証拠調をすることも、これを有罪事実認定の資料とすることも共に許されないものといわなければならない。してみれば、原裁判所が、右三通の供述調書につき前示のとおり同条第一項第二号の書面として(同法第三百二十六条の同意があつたことも認められない。)証拠調を履践した上、これを有罪事実認定の資料に供したことは違法であつて、原判決には、この点の訴訟手続につき法令の違反があるものというべく、原判決挙示の証拠のうち前掲三通の供述調書を除いた爾余の証拠によつては、未だ原判示事実を確認しがたいところであるから、右の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合にあたるものといわなければならない。はたしてそうだとすれば、原判決は既にこの点において破棄を免れないから、論旨は結局理由があることに帰する。

よつて、爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百七十九条に則り原判決を破棄した上、同法第四百条本文前段に従い、本件を原裁判所である下妻簡易裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

富山弁護人の控訴趣意

原判決は「被告人両名は昭和三十年四月二十三日施行の茨城県会議員選挙に際し水海道地区より立候補した染谷秋之助の選挙運動者であるが両名共謀の上同候補に当選を得しむる目的の下に同年四月上旬頃選挙区の選挙人である北島さだ外十一名方を順次戸別に訪問し同人等に投票せられたいと依頼し以て戸別訪問をなしたものである」との趣旨の事実認定をなし被訪問者十二名の氏名を掲げ且証拠として判示の各証拠を挙げたのであるがこの判決は以下陳述するように事実の誤認、採証の違法、法令適用の誤り等破棄さるべき判決である。

第一点被告人両名が北島さだ、戸塚良一、山崎伊一郎、石塚喜平、古谷源一郎、浜野たき、大根逸郎、関根金市、戸塚嘉之助、大野森右エ門、吉田弥一郎、香山仁二を訪問した事実については原判決は一、被告人両名の夫々検察官及司法警察員に対する各供述調書、二、北島さだ、山崎伊一郎、古谷源一郎、浜野たき、大根逸郎、関根金市、大野森右エ門、吉田弥一郎の検察官に対する各供述調書、三、被告人両名が農業協同組合役員十余名方を訪問した旨の供述、四、戸塚嘉之助、大野森右エ門、吉田弥一郎、香山仁二の各証人尋問調書記載の供述を採用して有罪の判決をしたのであるが各被訪問者は何れも被告人両名が訪問した事実又は訪問の趣旨を選挙運動に関するとの点を明確に陳述して居ない。即ち、イ、北島さだは、「三妻農協の人が尋ねて行かなかつたか」との問に「来ませんでした」と答え(記録三八丁)更に検察官に対し昭和三十一年四月十七日(同人が公判廷に於て尋問を受けて後に供述したもので判決に於て証拠に採用されて居る)「私の長男は三十三才になりますがこれより若い年配でした」又「そこへ時々来る肴屋が来ましたので、あの人達は誰だと尋ねたら、中妻の染谷の伜だと云うた」(記録一三八、一三九丁)と供述し、ロ、戸塚良一は、問「その人達の年配は」答「四十年位の人です」問「二人とも年配は同じ頃の人か」答「大体二人共違いない様に思いました」問「被告人等を見た様な覚えは」答「全然ありません」と供述し(記録四二丁)、ハ、山崎伊一郎は、問「その二人連は三妻農協の者か」答「知りません」問「年配は二人とも五十才以上か」答「そうです」問「本件の被告人等は全然見覚えや記憶はないか」答「全然ありません」(記録四五丁)と供述し又検察官に対し「四月十日の日二十才位の女の子が来て私は染谷の娘ですが云々」と(記録一四一丁)供述し、ニ、石塚喜平は、「証人としてはその時初めて会つた人か」との問に「顔は見た事がある様でしたが名前もわからず年配は二人とも四十五、六才と見えました」(記録五五丁)と答え「どんな用件で来たか」との問に「私はその時庭掃除をして肥料にする為焚火をして居たら東入口から私方に入つて来たので何の用かねときいたら三妻農協の者だがと云う事で町村合併により農協も困つたものだと云う話しから選挙の話になり三妻の者だと云うので村から出ては大変だろうと云い私は染谷とは遠縁なので宜敷頼むと云つてやつたのですが庭で話するのもどうかと思つてお入りなさいと家に案内したら二人の内一人が中に入つたが又ゆつくり御邪魔しますと云つて帰つて行きました」(記録五六丁)と答え、ホ、古谷源一郎は、問「年配は」答「四十才を越して居ると思います」問「被告人等に見覚えはないか」答「見覚えありません(記録六〇丁)と供述し、ヘ、浜野たきは、「その二人連は何の用件で来たのですか」との問に「この人達は何の用件で来たのかわかりません」(記録七〇丁)と答え、ト、大根逸郎は、問「それはどう云う用件で来たのですか」答「農協合併の件で来ました」問「その際選挙についての話はしませんでしたか」答「選挙の話は致しません」問「証人は証人の後にいる被告人両名に見覚えはないか」答「見覚えありません」と供述し(記録七二丁)、チ、関根金市は、問「その時選挙の話はしなかつたか」答「選挙の話はしなかつたと思います」問「この二人連は証人に染谷を頼むと云う様な事は云わなかつたか」答「その様な事は云わなかつたと思います」問「証人は証人の後にいる被告人両名に見覚えないか」答「見覚えありません」と供述し(記録七六丁〕、リ、戸塚嘉之助は、問「話した時間は」答「十分位話したと思います」問「証人は後にいる被告人両名がその時に来た二人の様な記憶があるのですか」答「はつきりした記憶はありません」(記録八八、八九丁)と供述し、ヌ、大野森右エ門は、問「この二人連の年配は」答「五十才前後の方でした」問「その時来た二人連と云うのは証人の後にいる二人の被告人と違いますか」答「わかりません」(記録九二丁)と供述し、ル、吉田弥一郎は、問「その選挙の前に二人連の見知らぬ男が証人宅に訪ねて来た事がありますか」答「訪ねて来た事はありますが何処の方かわかりません」問「この二人連の男を現在覚えていますか」答「現在覚えありません」と供述し(記録九五、九六丁)、ヲ、香山仁二は、問「証人はこの二人連の顔は覚えていますか」答「顔は覚えていませんが背丈は両名とも五尺二三寸位でした」問「証人の後にいる被告人両名に見覚えはありませんか」答「私の家に訪ねて来た二人連はこの人達ではない様な気がします」(記録九九、一〇〇丁)と供述し

て居る点と他の記録を綜合すれば(イ)、(ハ)に陳べた如く当該選挙の際多数の人が選挙運動を為した事が窺われ、又、(ニ)、(ト)の如くその頃町村合併による農業協同組合の統合問題のあつた事も同時にその理事者等が経済的理由から種々奔走した事も肯けるのであり当時被告人等が農協統合に関し合併した一町七ケ村に働きかけた際の往来事実を本件違反に結びつけたものと思料されます。上述した被訪問者の供述からはその全員がその時の訪問者が被告人等であると証言してないのみならず香山仁二は被告人等でないと積極的に否定し北島さだは年令的に二十才以上の違いのあるしかも氏名まで分明している供述をなしている等の点から被訪問者の云う当時の訪問者と被告人等が同一人であるとは認め難いから被告人の不利益な自供(明確ではないが)を認めても外に証拠はない。更に戸別訪問罪に於てはその訪問した趣旨が選挙運動即ち投票方を依頼する為でなければ犯罪を構成しないのであるから被訪問者がこれを裏付ける証明をすることを要するは論を俟たない所でありますが本件に於ては全然これを認め得る供述等は存しない。

以上で戸別訪問罪に該る訪問を被告人等がなしたとの事実認定は誤りである。

第三点原判決に於て証拠に採用した北島さだ、浜野たき、大根逸郎の各検察官に対する供述調書は何れも供述者が公判廷に於て証人として供述した後に作成されたものであり従つて刑事訴訟法第三二一条に云う「公判準備若くは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき」なる条項に該当せず然らばこれ等の供述調書を証拠に採用したことは違法である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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